LOGIN龍之介は伊達領と最上領の農政、築城、港湾整備に惜しみなく知恵を貸し、さらに朝廷や公家との橋渡しまで引き受けていた。そのため、政宗や義光をはじめとする同盟者たちは、領国運営に関する龍之介の進言を素直に聞き入れることが多くなっていた。
龍之介は二人を家臣として扱ったことはなく、最終的な判断はそれぞれの当主に任せている。しかし、外から見れば、奥州探題と羽州探題が関白の言葉に従って動いているように映る。
信忠も、その危うさに気づいていた。
「関白殿が一言申せば、伊達も最上も城を築き、港を整え、公家の子弟まで迎え入れる。これでは、奥羽の両探題が幕府より関白殿の意向を重んじているようではないか」
二条城で報告を受けた信忠は、不快感を隠さずに言った。
「されど、表向きは領国の発展を目的とした助言にございます。幕府へ逆らうよう命じた証しは、今のところ見つかっておりませぬ」
「だから始末が悪いのだ。兵を挙げよと命じたのであれば、謀叛の証しとして討つこともできる。しかし、関白殿は農地を広げ、港を造り、寺社を整
第42話 龍之介の決意 龍之介は、ついに決心した。 織田信忠を討つ。 それは、龍之介が望んでいた結末ではなかった。 信忠が三上家を討とうとせず、これまでどおり朝廷と協力して天下を治めるのであれば、龍之介も関白として織田宗家を支え続けるつもりだった。織田家から天下を奪う野心も、自ら新たな幕府を開こうという考えもなかったのである。 しかし、信忠は信長の葬儀が終わるや否や、諸大名へ三上家討伐の命令を送った。 龍之介が恐れていた未来が、現実となって動き始めてしまったのだ。 もともと、こうなる可能性があることは、自らの陰陽道によって知っていた。 信長が亡くなれば、信忠は龍之介と嫡男八幡の存在を恐れ、三上家を滅ぼそうとする。占いによって見えた未来を避けるため、龍之介は伊達、最上と盟約を結び、各地の城を強化し、兵器の改良を続けてきた。 それでも心のどこかでは、未来が外れることを願っていた。「信忠殿が私を恐れる気持ちは分からぬでもない。しかし、何もしておらぬ者を謀叛人と決めつけ、先に討伐を命じたのは信忠殿だ。ここで何もせずにいれば、妻も子供も家臣も領民も、すべて巻き添えになる」 嵐山城の天守から冬の京を眺めながら、龍之介は静かに言った。 傍らに控えていた家臣が、慎重に尋ねる。「信忠様が軍勢を退かれたとしても、もはや和解はなさらぬのでございますか?」「今なら、信忠殿が兵を収め、帝へ恭順するのであれば命までは取らぬ。しかし、征夷大将軍の地位を利用して再び我らを討とうとするならば、二度目の機会を与えるつもりはない。織田宗家の武力を解体し、天下を朝廷へ返す」 龍之介が最初に行ったのは、織田宗家から征夷大将軍の職を奪うことだった。 信忠が三上家を討つために利用しているのは、征夷大将軍として武家を統率する権限である。その地位さえ失わせれば、信忠が兵を挙げた時点で、帝の命へ背く賊軍となる。 龍之介は、信忠が素直に将軍職を返上するとは考えていなかった。 王政復古を宣言すれば、信忠は必ず反発して挙兵する。その時
第41話 信忠の野望 織田信長の葬儀が本能寺で厳かに執り行われ、参列した者たちが京を離れ始めた頃、征夷大将軍織田信忠は早くも動き始めていた。 信長を葬るまでは互いに兵を動かさないという約束を、信忠も龍之介も守った。 しかし、その約束は葬儀の後まで続くものではない。 二条城へ戻った信忠は、父の位牌を前にしばらく黙って座っていた。喪服を脱ぐこともなく、憔悴した顔で香炉から昇る煙を見つめている。 その傍らには、嫡男秀信の後見役を務める前田利家をはじめ、織田宗家の重臣たちが控えていた。「父上が御健在であったからこそ、関白殿は織田宗家への協力者という立場を守っていた。しかし、これからも同じとは限らぬ」 信忠は静かに口を開いた。「関白殿は嵐山と近江八幡に五万もの足軽を抱え、伊達、最上とも婚姻を重ねている。禁裏の守衛を一手に握り、公家や民からの信望も厚い。余が動かなければ、織田宗家はいずれ関白殿の下へ置かれることになろう」 利家は険しい表情で信忠を見た。「されど、関白殿は本能寺で信長公を救い、天下統一にも大きく貢献なされた御方にございます。先日の葬儀でも、今後は織田宗家の治世へ協力すると明言されました。謀叛の確かな証しもなく兵を向ければ、幕府の側が争いを起こしたと受け取られかねませぬ」「その言葉を信じ、何もせずに待てと申すか?」「少なくとも、関白殿と改めて話し合うべきかと存じます」「話し合いならば、これまでにも重ねてきた。領地替えを求めても断られ、一国一城令も阻まれた。関白殿は余を征夷大将軍として認めると口では申しても、肝心なところでは一度も従っておらぬ」 信忠は秀信の顔を思い浮かべていた。 龍之介の嫡男八幡には、帝と信長、双方の血が流れている。万一、織田宗家へ何かが起きれば、八幡を後継者に推す者が現れても不思議ではない。 信忠にとって、龍之介の存在を放置することは、自分だけでなく秀信の将来まで危険にさらすことだった。「関白殿が天下を望んでいるかどうかは、もはや問題ではない。本人に野心がなくとも、周囲の者が
第40話 1595年、信長の最期 その日は、あまりにも突然訪れた。 1595年正月元日、京の二条城には、織田信忠へ新年の挨拶をするため、全国各地から諸大名が集まっていた。 広間には色鮮やかな装束や裃を身に着けた者たちが居並び、祝いの膳と酒が次々に運び込まれている。庭では新年を祝う音曲が奏でられ、城内の至るところで華やかな笑い声が上がっていた。 肥前名護屋城で隠居に近い生活を送っていた織田信長も、この日のために上洛していた。 正一位太政大臣となり、政治の表舞台からは一歩退いていたが、天下を統一した信長の存在感は衰えていない。信長が広間へ姿を現しただけで、諸大名は一斉に平伏した。「皆の者、面を上げよ。いつまで畏まっておる。今日は新しい年を祝う宴じゃ。戦場にいるわけではないのだから、酒くらい気楽に飲め」 信長が上機嫌に笑うと、張り詰めていた広間の空気がわずかに和らいだ。「父上、名護屋からの長旅でお疲れのはずです。あまり酒を召し上がられぬようになさってください」 信忠が案じると、信長は手にしていた盃を掲げた。「新年早々、酒まで止めるか。龍之介殿からは塩を減らせと言われ、そなたからは酒を控えよと言われる。太政大臣ともなれば、好きなものを自由に口へ運ぶことさえ許されぬらしい」「父上の御体を案じて申し上げているのです」「分かっておる。今日は祝い酒を少し飲むだけじゃ。それで文句はあるまい」 信長はそう答え、盃の酒を飲み干した。 龍之介も信長の顔色を気に掛けていた。 名護屋城で会った時よりも顔が赤く、時折、眉間へ皺を寄せている。頭痛をこらえているようにも見えたが、久しぶりに重臣や諸大名と顔を合わせた信長は、それを悟らせまいとしていた。「義父様、御気分が優れぬのであれば、早めにお休みになったほうがよろしいのではございませんか?」「そなたまで信忠と同じことを申すか。この信長を年寄り扱いするには、まだ早いわ」「年齢のことではなく、御顔の色が気になっただけにございます」「大勢を前にして気
第39話 時代の変わり目 時代が変わる時、必ずしも大きな戦や政変が起きるとは限らない。 これまで国を支えてきた者が表舞台から退き、次の世代へ役目を譲る。空の色や風の冷たさが少しずつ変わり、昨日まで当たり前だった暮らしが、気づかぬうちに通用しなくなっていく。 日本は今、まさにそのような時代の変わり目を迎えていた。 ◇ 龍之介の実父である帝が皇位を譲り、上皇となった。 新たに即位したのは、龍之介と同じく上皇の血を引く兄弟である。龍之介に皇位継承権はなかったため、即位を巡る争いが起きることはなく、儀式は滞りなく執り行われた。 譲位後、上皇が院政を始めるのではないかと考えた公家は多かった。 皇位を譲った後も上皇が政務へ関与し、新帝とは別の権力を持てば、朝廷の中に二つの中心が生まれる。長く続いた朝廷の歴史を振り返れば、それが大きな争いの原因となった例は一度や二度ではない。 しかし、上皇は院政を行わないと明言した。 御所の奥にある静かな部屋で、上皇は新帝と龍之介を前にして、穏やかに語った。「朕が皇位を退いた後まで政へ口を出せば、公家たちは新帝と朕のどちらへ従うべきか迷うであろう。そこへ征夷大将軍と関白の対立まで重なれば、せっかく収まった天下が再び乱れかねぬ」 新帝が、心配そうに上皇へ尋ねた。「されど、私には帝としての経験がございませぬ。父上が政から完全に離れられては、朝廷を正しく導けるか不安にございます」「分からぬことがあれば、父として相談に乗ろう。だが、上皇の命として政を動かすつもりはない。これから朝廷を率いるのは、そなたである」 続いて上皇は、龍之介へ視線を向けた。「龍之介、そなたは関白として帝を支えよ。ただし、兄弟であることを理由に帝を軽んじてはならぬ。そなたには武力も領地も人望もある。それゆえ、誰よりも慎みが必要となる」「心得ております。私は帝の位を望んだことも、朝廷を己の思うままに動かそうと考えたこともございません。関白として、新帝をお支えいたします」「二人が力
龍之介は伊達領と最上領の農政、築城、港湾整備に惜しみなく知恵を貸し、さらに朝廷や公家との橋渡しまで引き受けていた。そのため、政宗や義光をはじめとする同盟者たちは、領国運営に関する龍之介の進言を素直に聞き入れることが多くなっていた。 龍之介は二人を家臣として扱ったことはなく、最終的な判断はそれぞれの当主に任せている。しかし、外から見れば、奥州探題と羽州探題が関白の言葉に従って動いているように映る。 信忠も、その危うさに気づいていた。「関白殿が一言申せば、伊達も最上も城を築き、港を整え、公家の子弟まで迎え入れる。これでは、奥羽の両探題が幕府より関白殿の意向を重んじているようではないか」 二条城で報告を受けた信忠は、不快感を隠さずに言った。「されど、表向きは領国の発展を目的とした助言にございます。幕府へ逆らうよう命じた証しは、今のところ見つかっておりませぬ」「だから始末が悪いのだ。兵を挙げよと命じたのであれば、謀叛の証しとして討つこともできる。しかし、関白殿は農地を広げ、港を造り、寺社を整えているだけだ。その結果として諸大名と公家の信望を集め、気づけば巨大な勢力を築いておる」 信忠は東国の地図へ目を落とした。 茨城国を中心に、伊達領と最上領が連なっている。さらに龍之介は関白として朝廷から厚い信任を受け、嵐山城と近江八幡城という二つの拠点を畿内に持っていた。「父上が御健在のうちは、関白殿も表立って動くまい。だが、その後は分からぬ。このままでは織田宗家そのものが、関白殿の威光に呑み込まれかねん」 信忠は、龍之介の存在を単なる政敵ではなく、織田宗家の将来を脅かす危機として捉え始めていた。 ◇ 一方の龍之介は、この時点においても信忠と戦うことを望んでいなかった。 陰陽道によって争う未来を見たとはいえ、それが必ず起こるとは限らない。信忠が軍を差し向けてこないのであれば、龍之介から戦を仕掛けるつもりはなかった。 しかし、妻子や領民の命を守る立場にある以上、何の備えもせずに信忠の善意だけを信じるわけにもいかない。 龍之介は嵐
第37話 二大勢力 天下は安土幕府の下で統一されていたものの、その内側では二つの大きな勢力が形を取り始めていた。 一方は、征夷大将軍織田信忠を中心とする織田宗家と、その家臣や同盟大名たち。 もう一方は、従一位関白兼関東管領である三上龍之介正圀と、密かに同盟を結んだ伊達家、最上家を中心とする勢力である。 もちろん、両者が公然と敵対しているわけではない。 正一位太政大臣織田信長が健在である以上、信忠も龍之介も、互いに刃を向けるつもりはなかった。しかし、領地替えの拒否、一国一城令を巡る対立、嵐山城や二条城の相次ぐ大改修によって、両者の間に亀裂が生じていることは、もはや誰の目にも明らかだった。 そして、その変化を誰よりも早く察していた大名の一人が、奥州探題伊達政宗だった。 ◇ 1592年当時、伊達政宗はまだ二十五歳の若者であった。 若くして伊達家の家督を継ぎ、奥州探題にまで上り詰めた政宗の胸には、今なお大きな野望が燃えている。 本来であれば奥州の諸大名を次々と従え、いずれは自らの力で天下へ名乗りを上げたいと考えても不思議ではない人物だった。 しかし、政宗が力を伸ばし始めた頃には、すでに天下の大勢は織田家へ傾いていた。 伊達家は父・輝宗の代から織田信長へたびたび贈り物を送り、早い時期から誼を通じていた。そのため、信長が安土幕府を開いた際には、政宗へ奥州探題の役職が与えられたのである。 幕府から奥州の取りまとめを任されたことで、伊達家は周辺の小大名を配下へ加え、領地を大きく広げることができた。 この世界では、史実で起きた阿武隈川の悲劇も起きていない。 父の伊達輝宗は健在だったが、すでに政宗へ家督を譲り、政治にはほとんど口を出さず、領内で悠々自適の隠居生活を楽しんでいた。「父上は、まことに何も仰せにならぬ。時には助言の一つくらいあってもよいと思うのだがな」 政宗が苦笑すると、腹心の片倉小十郎は穏やかに答えた。「輝宗様は、殿を信じてすべてを任せておられるのでございましょう。御